闘華乱舞

壱章　−　５

三歳くらいになる頃から主と乱華は、離れて暮らすようになった。

主は、生まれた部屋で常に暁と蒼のどちらかがいつも傍にいる。

乱華は、その部屋から遠く離れた部屋で両親と暮らしている。

「やだ！私は、兄様と一緒がいいの。」

最初に離れ離れになる時乱華は、泣き喚いた。

主は、乱華の頭を撫でながら寂しそうに笑うだけだった。

「兄様だって私と一緒の方がいいよね。」

「そうだね。一緒にいられたら嬉しい。だけど・・・」

主は、視線を父に向けた。父は静かに顔を横に振った。

「私は、ここから出られないから。」

乱華も主が自分が触れていないとこの部屋から一歩も出られないことを知っている。

「やだぁ・・・兄様と一緒がいいの。」

乱華の目からは、大粒の涙が溢れ吸い込まれそうな程の真っ黒な目が揺れていた。

主は、淡い深緑の目を乱華のそれに相対させ静かに柔らかく乱華を小さな身体で抱き締めた。

「離れていても大丈夫だから。寂しいけど乱華は、ここに来てくれるだろ？」

「ふぇぇぇ・・・う・・ん。」

乱華は、小さな手で主の腕をギュウッと掴み小刻みに頷いた。

乱華は、暇さえあれば主の部屋を訪れていた。

もうすぐ六歳になろうとする二人は、双子だけあってよく似ていた。

乱華は、主の笑顔が大好きで、主も乱華の笑顔が大好きだった。

時々、主の顔が苦痛に歪むことがある。

それは、内側に押さえ込まれた力を主が制御しきれていないからだ。

力は、出口を探して主の中で動き回る。

「兄様、大丈夫？」

その身体に乱華が触れると先程までの苦痛が嘘のように消え去るのだ。

主は、汗ばんだ手の平を固く握り締め笑う。

「ん、大丈夫。駄目だな。まだちゃんと制御しきれない。」

主と乱華が離されているのには、ちゃんとした理由がある。

第一は、主が自分の力を自分自身で制御するため。

第二は、二人の学ぶべきことが異なるため。

第三は、主の存在を外界に知られないため。

生まれた子供は、乱華一人だけということに表向きなっているのだ。

「乱華。」

「ん？」

「友達は、できた？」

乱華は、ふるふると頭を横に振った。

「私は、兄様だけでよいの。」

「駄目だよ。私は、乱華だけでもよいけど、乱華はたくさん友達を作っていっぱい外で遊ばないと。」

そして、私にその話を聞かせて、と主は微笑んだ。

「やだ。」

乱華は、頬を膨らませてプイッと顔を主から背けた。

「そんな暇があるんだったら、もっといっぱい勉強したり兄様に会いにきたい。」

そうでなくとも主と乱華の会う時間は、限られているのだ。

そんな乱華が可愛いのだけれど主は、今度は困ったように笑った。

乱華には、普通の子として育って欲しい、と主は無理であろう願いを抱いていた。

自分は、一生この部屋から出られなくて良い、と思っているのだ。

主が、この部屋から出て自由になれる時、それは・・・・

主の思考を遮るように乱華は、主の太股に手を置いて顔を覗き込んだ。

「ねぇ、兄様？」

「ん？」

「どうして兄様は、本当の名で呼ばれないの？」

その問いかけに僅かに暁と蒼の身体が揺れた。

「本当の名で呼ばれる日なんて来ない方がいいんだ。」

二人の僅かな動揺に主は、苦笑した。

「それに、まだその名を誰も知らないから。」

そう、それはその時にならないとわからない。

「私だけの名をつけても良い？」

いきなりの乱華の提案に慌てたのは、暁と蒼だった。

「乱華様それは・・・」

「主は、『主』のままで良いかと・・・」

「二人は、黙ってて！」

乱華がその名を口にしてしまう可能性も考えられるので二人は、慌てていた。

その名を誰も知らないが、その名を鍵が口にしてしまえば鍵の効力が消える。

消えてしまうのだ。

主の添え星、乱華だからこそそれを口にしてしまう可能性は高い。

「良いよ。」

二人は、ものすごい勢いで主の方に振り返った。

「あなたはいつもそうなんでも簡単に受け止めるんですか！」

蒼が主の肩を掴み前後に揺さぶる。

「大丈夫。」

ねぇ、と主は乱華に微笑むと乱華もニッコリと微笑んだ。

彼らは、添え星。

双子星・・・本当に良く似ている。

暁は、片手で頭を押えながらも諦めていた。

どっちにしろ二人は、主を『叱り』は出来るが結局決めるのは、主自身なのだ。

主には、逆らえない。逆らう気もない。文句は、どうどうと口にするけど・・・。

乱華は、筆と墨そして紙を準備して文字を書いた。

「これがね、一般的な男の子の名前なんだって。」

紙には、上のほうに空間を空けて二文字が書かれていた。

「『太郎』？」

「うん。だけどね。それじゃ普通過ぎるから・・・ここに、ね。」

乱華は、空間に一文字を入れた。

「ほら、これで私と兄様は、いつも一緒みたいでしょう。」

乱華が、嬉しそうに名を書いた紙を持ち上げ満足気に微笑んだ。

『乱太郎』

その名は、ゆっくりと主の中へと沁み込んでいく。

愛しい大切な子がつけてくれた大切な『名前』に主も満足気に微笑んだ。

「いい名だね。ありがとう、乱華。」

「二人も兄様をこの名で呼んでね。」

乱華の勢いと二人の嬉しそうな微笑みの前に暁と蒼は、頷くことしか出来なかった。

続

平成18年6月15日

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