僕の傍に １9
兄たちが帰り、家には兵太夫と乱太郎の二人になった。
勿論、不破と鉢屋もいない。
「静かになっちゃったねぇ」
「あの人たちは、無駄に騒がしいからな」
兵太夫の表情は、言葉とは裏腹にいつもよりも嬉しそうだ。
そんな兵太夫を見て乱太郎も嬉しくなる。
「ねぇ、兵太夫」
乱太郎は、ちょこんと兵太夫の隣に座り兵太夫との距離を更に縮めた。
腕と腕が触れ合い、乱太郎は兵太夫の肩に頭を乗せた。
「私は、兵太夫の傍にいてもいい？」
下を向いている乱太郎の表情は、兵太夫には見えない。
先ほどの仙蔵の言葉が兵太夫の脳裏に過ぎる。
兵太夫は、入学式で乱太郎に会って一目惚れした。
その時に感じた感覚を兵太夫は、まだ覚えている。
乱太郎を縛り付けるような形で無理矢理兵太夫は、乱太郎を自分の傍に置いた。
それ以外の方法を兵太夫は思いつかなかったのだ。
「乱太郎は、嫌じゃないのか？」
「私？」
「うん」
乱太郎は、下に向けていた顔を兵太夫に向けた。
二人の視線が絡み合い、静かに時間が過ぎていく。
「私は、兵太夫の傍にいたいよ。だって、だって私・・・」
兵太夫は、乱太郎の言いたことを察知して乱太郎の唇に人差し指をそっとあてた。
「僕に言わせて」
兵太夫は、優しくだけど強く乱太郎を抱きしめた。
「僕は、乱太郎に傍にいて欲しい。乱太郎でないと嫌だ」
「兵太夫」
「僕は、どんなことをしても乱太郎が欲しかったんだ。傍にいてもらいたかった」
兵太夫は、更に強く乱太郎を抱きしめる。
それは、体の震えを隠すためでもあったのかもしれない。
人に執着したことなどない兵太夫は、自分の気持ちの伝え方など知らなかった。
自分の想いを告白することがこんなにも労力を使うことなんて今まで知らなかったのだ。
「最初は、乱太郎の気持ちなんて、って思ってた。だけど、やっぱり駄目だな」
兵太夫は、苦笑気味に笑った。
「傍にいてもらえるだけで良かったのに、僕は乱太郎の気持ちも欲しくなったんだ」
乱太郎は、兵太夫の告白を聞きながら泣きそうになっていた。
兵太夫の想いの深さが嬉しくて乱太郎もギュウッと兵太夫の体を抱きしめた。
「乱太郎、僕は乱太郎が好きだ」
兵太夫は、息をわずかに吸い込んだ。
気持ちを落ち着かせているのだろう。
「乱太郎、好きだ。ずっと僕の傍にいて」
乱太郎は、兵太夫の胸の中で小さく頷いて顔を兵太夫に向けた。
その眸には、涙がたまっている。
「はい。私はずっと兵太夫の傍にいるよ。傍にいさせて」
兵太夫は、乱太郎の目尻に唇を寄せて涙を吸い取った。
「兵太夫、好き。大好き」
その日、二人は始めて口付けを交わした。
「私が、兵太夫を護るからね」
続く
平成20年9月21日