永久就職

なにかにつけて忍術学園の医務室によく現れる雑渡昆奈門。

「やぁ、こんにちは」

「お久しぶりです。雑渡さん」

「今回は、長いこと来られませんでしたね」

「ん〜ちょっと忙しかったからね」

雑渡に懐いている一年ろ組の鶴町伏木蔵が指定席とばかりに雑渡の膝の上に乗った。

「で、伊作君。来る気になった？」

「なぜ僕なんですか？」

「保健部隊を作ったんだ」

その場にいた保健委員全員が雑渡に振り向いた。

「だからさ。タソガレドキ忍軍に入りなよ」

「あ〜雑渡さんだぁ」

その場の雰囲気を壊したのは、一年は組の猪名寺乱太郎だ。

「やぁ、乱太郎君」

「伊作先輩を勧誘に来たんですか？」

「どうしてそれを乱太郎君が知ってるのかな？」

雑渡は、包帯で覆われた顔の表情はそのままに乱太郎に問うた。

本当は、乱太郎の傍に行きたかったのだが行けなかった。

それは、乱太郎が現れた瞬間更に伏木蔵が雑渡に体重をかけたからだ。

それを雑渡が振り払うこともできたのだが、乱太郎の手前それはできなかった。

しかも、ちゃんと乱太郎は、伊作にそれとなく守られていた。

「山本さんに聞いたんですよ」

乱太郎は、それがとばかりに首をキョトンと傾げた。

「ほぉ〜・・・山本がねぇ」

「保健部隊を作られたそうですねぇ」

「・・・そこまで話したか」

「組頭が戻ってこないって山本さん嘆いてましたよ」

その様子を思い出したのか乱太郎は、クスクスと笑っていた。

「乱太郎君」

「はい、なんですか？」

雑渡は、ゆっくりと伏木蔵を床に降ろし乱太郎に歩み寄った。

「今日も包帯かえてくれないかな」

「・・・いいですよぉ」

「今回も遅かったですね、組頭」

「まぁね」

「乱太郎君、包帯の巻き方慣れてきたんですね」

「ほぉ、どうして分かる？」

「今回は、包帯に緩みがありませんから」

「ふふっ、丁寧に丁寧に巻いてくれたよ」

「で、伊作君の方は勧誘成功したんですか？」

「ん〜もうちょっとだねぇ」

あれから五年。

乱太郎も六年になっていた。

「乱太郎君」

「はい、なんですか昆奈門さん」

相変わらず雑渡は、忍術学園の医務室に現れて乱太郎に包帯をかえてもらっている。

乱太郎に名前で呼んでもらえるようにもなった。

「これからもわたしの包帯をかえてくれないか」

「それって勧誘ですか」

乱太郎は、慣れた手つきで雑渡の身体や顔に包帯を巻いていく。

勧誘すなわちタソガレドキ忍軍への就職だ。

すでに伏木蔵は、そこに就職することを決めている。

伊作を筆頭に忍術学園の保健委員たちは、そこに就職する流れになっているのだ。

「違うよ」

だが雑渡は、今まで乱太郎だけは勧誘しなかった。

「タソガレドキ忍軍に私は、いらないですか」

乱太郎は、包帯を巻きながら苦笑した。

ずっと、ずっとだ。自分もいつか雑渡から誘われる日が来るのだろうと思っていた。

だが雑渡は、『違う』すなわち『誘わない』と言っている。

「あぁ、タソガレドキ忍軍には、いらない」

はっきりと雑渡からそう言われ乱太郎は、少し泣きそうになった。

知り合ってから五年と少し、ずっと乱太郎は雑渡の包帯をかえてきた。

雑渡が乱太郎でなければ嫌だ、と言ったからだ。

他の保健委員や人には、絶対かえさせなかった。

「それでは、もう昆奈門さんの包帯をかえることは出来ませんね」

乱太郎は、包帯を持つ手を小刻みに震わせていた。

「そうじゃないよ、泣くな乱太郎君」

「・・・泣いてなんかいません」

雑渡は、乱太郎の手首を掴み自分の方に引き寄せた。

巻きかけの包帯が床をコロコロと転がり広がっていく。

「しょっぱいね」

「昆…奈門さん、離して、離してください」

「離さないよ。ずっと、ずっと待ってたんだ」

雑渡は、乱太郎の目尻に浮かぶ水滴を舐めとっていた。

「私、私なんていらないんでしょう」

「だから、違うと言ってる」

雑渡は、乱太郎を落ち着かせるために、ソッと抱きしめ乱太郎の大きくなった背中で手をゆっくりポンポンとリズムよく弾ませた。

乱太郎は、そのまま雑渡の乱太郎よりも広くて逞しい胸に擦り寄った。

「違う？」

「あぁ、違う。乱太郎君、私のとこに来ないか？」

「タソガレドキ忍軍？」

「違うよ。本当は、乱太郎君に来てもらいたくて『保健部隊』を作ったんだけどね」

乱太郎は、驚いた。それもそうだろう。

伊作や伏木蔵を迎え入れるためにそれを作ったのだと乱太郎は、思っていたのだ。

「でも、気が変わった。乱太郎君は、私だけの乱太郎君だ」

乱太郎は、雑渡の胸から顔を雑渡の顔に向けた。

自然と視線が絡み合う。

「私の元に来てくれるね、乱太郎君」

乱太郎が来やすいように、忍術学園の保健委員たちをタソガレドキ忍軍に就職させてきたのだ。

「昆奈門さんだけの私、ですか」

「あぁ、乱太郎君は、ずっと私の傍にいればいい」

「でも、私一流忍者になりたいんですよ」

「私は、乱太郎君の夢を奪いたいほどに君が欲しいんだよ」

乱太郎は、雑渡の胸に顔を埋めて考え込んだ。

たまにグリグリと頭を雑渡の胸に押し付けながら唸っていた。

「ねぇお願いだよ、乱太郎君。ずっと私の包帯をかえてくれないか」

「昆奈門さんは、私がいないと駄目なんですか？」

「あぁ、駄目だ。私は、乱太郎君が欲しい。君が嫌だと言っても、もう私は君を離さないよ」

「・・・それって私に拒否権は、ないじゃないですか」

乱太郎は、包帯が緩く巻きついている雑渡の頬に手を添えた。

「乱太郎君は、私のなんだよ。それはもう出会った時から決まってるんだ」

「昆奈門さん」

「乱太郎君、卒業したら私の元へおいで」

雑渡のその言葉に乱太郎は、小さく頷いた。

終了

平成23年9月25日

イオンさんからのリクエストでした。

『色文』の『初恋薊』の続きのようなものです。

雑渡の狙いは、ずっと乱太郎君だけだったってことです：笑

イオンさんに楽しんでいただければ幸いです。

アンケ−トに答えて下さりありがとうございました。